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2022年12月のステートメント

フラワーデモつくば 山田亜紀子 

 

1966年7月、茨城県の東海村で日本初の商業用原子力発電所が運転開始しました。唯一の被爆国である日本に原発を持ち込む計画の中心にいたのは、1982年に首相となる中曽根康弘(当時改進党、後に自由民主党)でした。1954年のビキニ環礁の水爆実験により第五福竜丸の乗組員が被爆をしても、政府は放射能検査を10カ月で打ち切り、アメリカの責任を問わないまま読売新聞主の正力松太郎と協力し、メディアを利用しながら原発設立を推進しました。1999年に東海村でJCOの臨界事故が起こっても、2011年に福島第一原発でメルトダウンが起こっても、自民党はこれからも原発を稼働すると主張しています。

1982年3月、「生長の家政治連合国会議員連盟」は優生保護法の中絶許可条件の中から「経済的理由」の削除を提案しました。この議員連盟の総会には中曽根も名を連ねており、宗教団体と協力しながら家父長的国家を目指し、女性の「産む/産まない」という選択を奪おうとしたのです。安倍晋三元首相の殺害事件で、自民党と宗教団体の関係性が明るみになってきましたが、こういった協力体制は、もうずっと続いているのです。

市民の生、そして女性やセクシュアル・マイノリティの性や権利を軽視し、「伝統的な家族」を守りたい議員らによって、ジェンダー平等や性教育の普及が妨げられたことは、性被害者が訴える刑法改正の必要性が理解されにくいことにつながっていると言えるでしょう。10月24日の法制審議会で配布された刑法改正の試案では、「同意のない性交」を処罰要件とすることが見送られています。恐怖で声がでない、硬直する、地位関係によって抵抗できないといった心理状態が理解されにくいことも性教育が遅れている弊害と言えます。2006年に採択された国連の障害者権利条約は「われわれのことを我々抜きで勝手に決めるな!」というスローガンの下、障害者の視点から条約がつくられました。刑法も、被害者の声を抜きにして改正を進めるべきではありません。

12月11日は茨城県議会議員一般選挙の投票日です。県議会議員の7割以上が自民党議員という茨城ですが、被害者の声を一人でも多くの人に届け、望まない性行為は性暴力であることを知ってもらうために、微力ながら市民運動のみなさんと協力して毎月フライヤーを通行人に配っています。

 被害者の声に寄り添った刑法改正、まだまだあきらめません!

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